「AI 戦略 2022」を読む

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投稿日: 2022/04/23 12:02:03

著者: 木村 優志

Convergence Lab. の木村です。

2022 年 4 月 22 に、内閣府統合イノベーション戦略推進会議は「AI 戦略 2022(案)」を発表しました。 統合イノベーション戦略推進会議は、平成 30 年7月に「イノベーション関連の司令塔機能の強化を図る観点から、横断的かつ実質的な調整機能を構築するために設置」されたもので、政府のイノベーション戦略の方針を示すものと言って良いでしょう。統合イノベーション戦略会議は、バイオ、量子、革新的環境イノベーション、マテリアルなどの分野からなり、AI 戦略もその一つです。

この記事では、「AI 戦略 2022(案)」を解説をしながら読んでいくことにします。

AI 戦略 2022(案)の概要

次の図は、当豪雨イノベーション会議から出された「AI 戦略 2022」の概要です。

AI戦2022(案)概要

まず、上段に全体の目標として、以下の3つが挙げられています。

  • AI戦略では、「人間尊重」、「多様性」、「持続可能」の3つの理念のもと、Society 5.0 の実現を通じて世界規模の課題の解決に貢献し、我が国の社会課題の克服や産業競争力の向上を目指す。
  • 具体的には、大規模災害等の差し迫った危機への対処のほか、特に、社会実装の充実に向けて新たな 目標を設定して推進する。
  • なお、AIに関しては、経済安全保障の観点の取組も始まることを踏まえ、政府全体として効果的な重点化を図るための関係施策の調整や、量子やバイオ等の戦略的取組とのシナジーを追求すべきことを提示。

AI 戦略では、「世界規模の課題の解決」に貢献し、「我が国の社会課題の克服や産業競争力の向上」を目指すとあります。具体的には、大規模災害等差し迫った機器への対処が挙げられています。「産業競争力の向上」の具体例が挙げられていないことからや、各所に AI for Good とあるように、著者はこの戦略が、ITU のAI for Goodからの影響を大きく受けていることを感じます。

差し迫った危機への対処

次に「差し迫った危機」への対処として、次の4つの項目があります。

  • デジタル・ツインの構築
  • グローバル・ネットワークの強化
  • サステナビリティ分野でのAI応用
  • 「責任あるAI」に向けた取組 等

図にもあるよに、ここで言う「危機」とは自然災害のことを指しています。そのための対応基盤づくりをとしてこの4つを挙げているわけです。

デジタル・ツインの構築

まず、「デジタル・ツインの構築」が挙げられています。デジタル・ツインとは、IoT などを用いて、様々な機器などの状況をデジタル上に再現したもののことです。ここでは、自然災害への対処なので、雨量、河川や土砂すべりなどの状況のことを指していると思われます。りようできるデータ基盤がなければ、AI への利用はできません。ただし、AI に利用するためには、データだけではなくそれに対するラベルが必要です。それがどのように用意されるものなのかは、この戦略では語られていません。データをよういするだけではなく、それにどのようなラベルをつけ、どのように利用していくつもりなのか、それによってどのような効果がよそくされるのかに踏み込んだ戦略立案をすべきではないでしょうか。

グローバルネットワークの強化

次に、「グローバルネットワークの強化」が挙げられています。これは、本文の方に「② グローバル・ネットワークの強化による National Resilience の確立」という節があります。そこには、以下の様にあります。

Resilience 確立の重要性は、国内での対策に閉じたものではない。日本国内での大規模災害や急激な市場・労働力の縮小に対応するには、国外の状況変化にも対応でき る BCP とサプライチェーン擾乱への対応が必要である。これは、国内・国外のいずれ かで大規模災害が起きた際にもサプライチェーンが維持され、事業と生活が継続され る体制が効率的に構築されることを意味する。

災害時の民間の BCP(事業継続計画)のために、グローバルな「データ経済圏」の構築を目指すというわけです。 「データ経済圏」構築のための施策として、「スマートフードチェーンシステム」の本格稼働と、我が国農水産物・食品の輸出に向けた海外への展開」が具体的施策として挙げられています。これはなんとなくちぐはぐな印象を受けます。そもそも国内企業は水産・食料企業のみではないですし、大規模災害時には国内において食料の流通に問題が発生すると予測されます。その時に輸出のための製作のみを議論するのは、重要な部分を履き違えているように思います。

「サステイナビリティ分野での AI 応用」

「サステイナビリティ分野での AI 応用」を見てみましょう。まず、このサステイナビリティは、何を指しているのでしょうか。本文を見ると、「AI for Planetary Resilience(地球強靭化のためのAI)でのリーダーシップの確立」とあります。「AI for Planetary Resilience」は、国連の「AI for the Planet」からの影響を感じます。環境問題に対するサステイナビリティを AI によって対処しようとする取り組みです。

戦略では、具体的施策として、以下の4つが挙げられています。

  • みどりの食料システム戦略(2021 年5月農林水産省策定)の実現に向けた AI を含む技術開発・実証 農
  • 温室効果ガス観測衛星により得られたデータによる計算資源を活用した解析と利活用の推進 環
  • OECM を活用した健全な生態系の回復及び連結促進に向けた、生物多様性の「見える化」 環
  • ライフスタイルの変化に応じ、自動車 CASE 等の活用により新たな地域交通を構築・最適化 環

国際的な環境問題対策にたいして、リーダーシップを発揮していきたいということでしょう。

「責任ある AI に向けた取り組み」を見てみましょう。「責任ある AI」というのは、結果に対する説明性、差別的なバイアスをとりのぞいたり、セキュリティやデータプライバシーを担保する AI のことです。現状の AI にある問題を解決していこうとう取り組みです。他の項目と異なり、これに対しては、具体的な施策が並んでいます。

  • 脳情報を活用し知覚情報を推定する AI 技術等の社会受容性の確保
  • エッジ環境の IoT データを共有せず実空間の分野横断的な行動リスク予測を可能にする分散連合型のマルチモーダル・クロスモーダル AI 技術の研究開発 総
  • 気象、地震動、洪水・土砂災害の予測システム等の構築に向けた研究開発を推進 総
  • 現在の深層学習では不可能な難題解決のための次世代AI基盤技術等の研究開発を推進 文
  • AI技術(自動採点技術)の教育への活用のための研究開発を推進 文
  • AI技術の材料科学分野での活用のための研究開発を推進 文
  • 科学手法のDXとAI駆動による科学的知見の創出を推進 文
  • AI 駆動の医療診断システム、さらには診断の信頼性評価システムの開発に向けた研究開発を推進 文
  • 説明可能 AI によるセキュリティ技術確立に向けた研究開発を推進 文
  • 介護現場における認知機能改善のための遠隔対話支援システムの実用化に向けた研究開発を推進
  • 人と共に進化する説明可能な AI システムの研究開発 経 AI の品質評価・管理手法の確立に向けた 経
  • 「機械学習品質マネジメントガイドライン」の高度化、測定テストベッドの構築 経

これらを実施する省庁は、総務省や文科省、経産省となっています。他の分野の担当省庁は農林省や環境省で、省庁ごとの AI に対する理解度の差が出たのではないかと推察します。

着実に進捗することを望みます。

社会実装の推進

社会実装の推進では、「ディープラーニングを重要分野として位置づけ、企業による実装を念頭に置き、下記の目標を掲げ」られています。

  • AIの信頼性の向上
  • AI利活用を支えるデータの充実
  • 人材確保等の環境整備
  • 政府におけるAI利活用の推進
  • 日本が強みを有する分野とAIの融合

以下で見て行きましょう

AI の信頼性の向上

ここで言われている、「AI の信頼性」とは、AI がブラックボックスであることを指しています。本文では、以下のように書かれています。

例えば、AIに対して人を代替する機能を期待する場合、実際にはそのような高信頼なAIの構築・入手が容易でないことは普通である。このため、その信頼性に対する不安が生じ、AIの利活用がためらわれてしまうということが起きる。AIに対してそこまでの機能を求めず、ある程度の不完全性を許容できる場合であっても、AIの処理がいわゆるブラックボックスとなっていて、AIによる処理の根拠を人が理解できないときには、その結果の妥当性も検証できない。例えば、個人の人種やジェンダーに関する不適切なバイアスの影響を受けているかもしれないという危惧があれば、やはりAIを信頼することはできない。

実際に AI の研究開発受託業務をしていると、お客様がこの点を気にされていることはよくあります。これについては、いろいろ書くこともできますが、本論と離れるため割愛します。一朝一夕に解決できる問題とは思えないですが、着実に行っていただきたいです。

AI利活用を支えるデータの充実

ここでは、先程も出てきた、「データ経済圏」の構築論が再び出てきます。

公的な汎用データベースの拡充が AI 利用を進展させるという意見には、私はやや懐疑的です。自己教示学習の発展により、ラベルなしデータの活用が進んできているとはいえ、AI にはデータの他にラベルが必要です。また、特定領域の AI 作成のためには、汎用データベースでは足りず、自前でデータを収集ルウ必要がある場合がほとんどです。

一方で、医療データや介護・保険データなど政府ならではの整備できるデータもあるのも事実です。

人材確保等の環境整備

ここでは、AI 利活用を支える「関連人材」の充足や「高度な研究人材の確保」、国研が持っているデータの取扱ルールの整備などが議論されています。

AIモデルを利用できる、AI利用者のような人は議論されていません。私は、戦略冒頭で以下のようにある部分も気になります。

その中で、教育改革では、日本におけるAI・データサイエンス教育の学校教育及び企 業での人材育成プログラムでの広範な導入へと繋がった。また、一連のAI関連の研究や 社会実装プロジェクトがスタートした。その結果、日本の学校教育や企業での人材育成は 大きく変わりつつあり、その目論見は達成されつつあると考えられる。

AIの教育改革が達成されつつある、という目論見はやや時期尚早ではないでしょうか。まだ、AIの利用者にあたる人材の育成が引き続き必要だと思います。

政府におけるAI利活用の推進

これは、政府機関でも、AIのクラウドサービスなどを利用していきたい、ということですね。そのとおりだと思います。

日本が強みを有する分野とAIの融合

これについては、戦略の文書がよくまとまっていると思います。そのまま引用します。

世界的に競争が著しいAI利活用において「勝ち筋」を見出すためには、物理・化学や機械等の我が国が強みを有する技術とAIを融合させることも有効である。例えば、創薬や材料科学等はそうした効果が狙える領域であり、現に日本が培っている技術やデータ基盤とAIを組み合わせることで、国際的に優位性を持つ製品やサービスを創出できる可能性が高まる。AIに関する投資は、そうした領域に意識的に集中させることが重要である。

また、科学技術以外にも、食や観光のほか、アニメなどのコンテンツのように文化的な分野にも日本は強みを有している。今後は、こうした分野においてもAI利活用を視野に関連の取組を進めることが望まれる。 なお、他方で、我が国ならではの課題への対処に当たり、引き続き積極的にAIを利活用することも求められる。その対処においても、可能な範囲で、我が国が強みを有する技術との融合を追求することが適切である。

強引に読むのならば、IT分野では、アメリカ、中国等に遅れを取っているので、機械や、創薬、材料科学の分野でのAI活用によって活路を見出したい、ということです。

これは、かなり良い所に目をつけていると思います。ほかのIT技術と比べた、AIの特徴として実世界との連携したときの効果が大きいということがあります。

具体的な取り組みを見てみましょう

  • AI技術の材料科学分野での活用のための研究開発を推進 文
  • AI 駆動の医療診断システム、さらには診断の信頼性評価システムの開発に向けた研究開発を推進 文
  • 全ゲノム解析等に加えて、オミックス情報や臨床情報も活用して AI で解析し、創薬ターゲット等を創出 厚
  • 革新的な医療機器の創出を目指す質の高い臨床研究、医師主導治験等を実施 厚
  • 糖尿病個別化予防を加速するマイクロバイオーム解析 AI の開発 厚
  • 半導体を含む AI 関連技術等の活用による地域の省 CO2 化や省エネ性能の
  • 高度化等の実証事業の推進 総、◎環
  • 地域資源とAI等のデジタル技術を活用した革新的な触媒技術等に係る技術開発・実証 文、◎環
  • 我が国が産学で強みを持つマテリアル分野において、全国のマテリアルデータの収集・蓄積に加え AI 解析を含むデータ利活用を可能とするシステム整備を推進 文

まだ、研究段階のものが多いですが、堅実な目標だと思います。

まとめ

内閣府統合イノベーション戦略推進会議は「AI 戦略 2022(案)」を概観しました。取り組みにより、データの収集や見える化DB化にとどまっているものから、日本らしさを重視した堅実な施策まで玉石混合な戦略であると思います。